水商売で働いて思った事

学生時代にラウンジでバイトしていました。

大学三年生の頃から大学卒業まで、都内のラウンジでアルバイトをしていました。

 

時給が高くてシフトの融通がきくバイト先を探していたところ、友人の知り合いが働いているということで紹介してもらったのがバイトを始めたきっかけでした。

 

ラウンジで働いている女の子は全員学生というコンセプトのお店だったので、働いている女の子は全員同年代だったのでバイトを始めてすぐになじむことができました。

 

時給は1500円とあまり高くありませんでしたが、お客様と連絡歳の交換をする必要などなくただ楽しくおしゃべりするだけで良かったので未経験の私でも気楽に働くことができました。

 

またノルマやドリンクバックなどバックや指名制もなかったので、他の水商売にある「女社会」「ぎすぎすしている」といったことは全くなく和やかな雰囲気でした。

 

終電すぎまで働くと送りがあるのもありがたかったです。女の子が多く在籍していたのでシフトの融通もきき、時間があるときに当日急にシフトに入るといったことも可能でした。

 

こういった利点が多くあったため他のアルバイトとかけもったりしながら結果的に卒業まで働き続けることができたのだと思います。

 

場所柄お客様は社会人の方が多かったので、普段触れ合うことのない方と話す機会が多かったのもいい経験になったなと今になって思います。年代の離れた方との会話も得意になったので社会にでた今でも会社の飲み会や接待はあまり苦痛に感じません。

 

あまりひどい場合にはボーイがフォローに入ってくれることもありましたが、少なからず女の子の体に触れようとするお客様もいたのが唯一のデメリットです。これを軽くあしらう技術がついたことも確かですが…(笑)

 

 

期間限定のいい仕事

四国方面で、ラウンジを経験し、その後関西でバニーガール、ミニスカポリス、キャバクラ(最大手)、クラブ…と、就職するまで、たくさんの水商売にお世話になりました。

 

たくさんの優しいオーナーや、店長、主任、ママ、仲間に支えられて、本当に大学時代の貧乏生活を心もお金も支えてくれました。

 

時給は、四国のラウンジは2,500円。バニーガールは1,800円。
ミニスカポリスやキャバクラは、わたしはありがたいことに指名があったので、4,500ー3,000円はもらっていました。クラブは補佐でしたので覚えていません。

 

一番仕事も楽しいし、女の子ともなかよくできたのは、バニーガールでした。

 

それに匹敵するくらい、キャバクラもよかったのですが、バニーガールは終電に間に合うけれど、キャバクラはお客様が指名するかぎりずっとのお付き合いになり、ドライバーの方に送ってもらうことと、ボーイさんとの付き合いが結構大変でした。

 

だから、一番楽しくて長続きできたのはバニーガールです。
ラウンジも、ママとマスターが仲のいい2年はよかったのですが、険悪になるとスタッフまで疲労してしまいます。。。

 

そのあと、稼いだお金で大学を卒業しましたし、お客様やオーナーでまだ連絡をとれる方もいて本当にありがたく思います。

 

いまは、子育てをしていて、見た目も最悪なおばさんになっていますが、そういう意味でも期間限定のとてもいいお仕事でした。

 

 

ママが70歳の昔ながらのスナック

友達のおばさんが経営するスナックを紹介してもらい働きました。ママは70歳で年季が入っています。
店内は演歌のポスターが貼っていて、常時演歌が流れていました。

 

お客様の客層も80代や90代のかなり年齢がいっている方ばかりでした。お客様にお客様にカラオケを歌うようにせがまれ、演歌がほとんど分かりませんでしたが、香西かおりの「すき」を歌ったら、「もっと演歌っぽい演歌を覚えてきなさい。」とママにしかられました。

 

客層が年配なので、いかにもスケベな感じのお客様はいなくて、働きやすかったですが、チークを要求されるので苦痛でした。今時チークを踊るなんて思いませんでした。

 

皆さん人生の先輩なので、チーク中悩みなどを聞いてくれるのですが、年齢がいっているのと酔っぱらっているので何を言っているのかほとんど分かりませんでした。ママは子供がいなかったので、本当の子供のようにかわいがってくれました。

 

洋服を買ってくれたり、腰が痛いと言えば、腰に効くマシンを買ってきてくれたりしました。お客様も孫だと思ってかわいがってくれたと思います。皆さんいい人でかわいがってもらいました。

 

私はボトル1本簡単に開けるほどお酒が強いのですが、皆さん快く飲ませてくれました。年齢がいっているだけあって、皆さん太っ腹でチップは1万円くれました。

 

最初はチップは全額もらえていましたが、景気が悪くなり、お客様が減ってくると、「チップは半額よこせ。」とママが言ってきました。最終的に、お店をくれるというあまりのかわいがりように、少し怖くなってきてしまいやめました。

 

 

自営業のお手伝いも大変です

雇用されたのではないのですが、嫁ぎ先が自宅兼店舗でスナックを経営していました。嫁の私は当然家業の手伝いに。そしてもちろん無給です。

 

農村地帯なので近くに飲食店はほとんどなく、土日のお昼は仕出しまでしていました。私は昼は役場の臨時職員として働き、夜はスナックの従業員という形で7年くらい仕事の両立を図っていました。

 

お客様は地元の人ばかりで街のスナックというよりカラオケボックス的な感じでした。ですので気難しいお客様は少なめでした。

 

しかしご近所で気心がしれていると言っても、チークダンスを強要されたり、酔っ払って抱きつかれてキスされたことも何度かあり正直早くお店を閉めてほしいと思っていました。またお弁当の配達もよく行きましたが、普段は苦ではありませんが花火大会の時は嫌でした。

 

道路が封鎖されるため義父母は行きたくないから、私に行ってほしいのが見え見えで、お弁当を花火大会本部に配達した後、道端に座り毎年花火を一人で見上げていました。

 

義父母は今まで飲食店で働いたことがないので、例えば取り皿を出そうとしたら、そんなこと家ではやってないとか、料理に関してもこうしたらいいじゃないですかとアドバイスすると嫁がこんなこと言うてきたなど、嫁姑の関係プラス職場の上下関係が増えてコミュニケーションにストレスを感じていました。

 

 

キャバクラ・バーの働きの違い

スナック・キャバクラ・ガールズバー・バーでのアルバイト経験があります。スナック・キャバクラは、お客さんの隣に付かないといけないので、必然的にボディータッチが増えます。

 

手を握られたり、キスをされそうになりました。その精神的にストレスが多い分、時給は良いです。また、お客さんからチップを貰う事も多かったです。隣に座っている分、周りの人に気づかれずに貰う事も多かったです。(大体5000円〜30000万程度)

 

ガールズバー・バーはカウンター越しでお客さんとお話するので、触られたりなどが少なく、精神的ストレスは少なかったです。しかし、ずっと立ちっぱなしなので、肉体的にとても辛いです。

 

お酒は、スナックやキャバクラとは違い、カクテルなど色んな種類の物が用意されているので、お酒に飽きる事はほとんどありませんでした。

 

チップは、お客さんのお釣をそのまま頂いたりする事はありましたが、金額はあまり多くなかったです。(2000円以下がメイン)

 

時給は、スナック・キャバクラに比べるとかなり低かったです。しかし、キャバクラで働いていた時は、髪の毛のセットアップや、小物購入などで、出費も多かった様に思います。ですので相対的にはあまり変わらなかったかもしれません。